• こだわりの一品
  • 場面・用途に合わせて
  • 愛され続ける菓子作り

今も昔も変わらぬ味、優しさ溢れる銘菓

北九州は小倉の地で、小菊饅頭を代表とした和菓子の製造/販売業を行っております「株式会社藤屋」です。昭和二十九年の創業以来、食べやすい一口サイズの饅頭として、たくさんの方々に愛されてきました。

伝統にこだわり、変わらぬ製法と吟味された材料を用いて、丁寧な製品作りを心掛けて参りました。

優しさ溢れる味で、新しい時代にも受け入れられる製品と自負しております。

黒餡と白餡の味比べ、是非ご賞味下さい。

小菊饅頭
小倉城最中
葵の絵巻
さくらもなか

小倉銘菓小菊饅頭の歴史

豊国の 企救の長浜 行き暮らし 日の暮れゆけば 妹をしぞ思ふ 豊国の 企救の高浜 高々に 君待つ夜らは さ夜更けにけり

と万葉集十二巻の終わりに記されていますが、万葉時代の小倉の海岸は企救の浜辺と云われて美しい海岸風景が旅人の心をひいたと思われます。

 そのきくの長浜とも高浜とも云われた美しい砂丘は太宰府に通ずる官道であったし、後には九州諸大名の江戸幕府参勤の街道ともなりました。

西街道の名所としてこの企救の長浜は美しい白砂と青々とした根上り松の風景は、その特異な魚売りの風俗として知られている「おたゝ」さんの名と共に永く人々に愛されたところでもあります。

 それもつい戦前まではその風情を残していたものでありますが、今は慶長の昔よりまつられている貴布禰神社と枯れた松の大樹がその面影をとどめているにすぎません。また、古くよりその神社の前で米の粉を原料にした饅頭を蒸し上げて売る店がありました。

 これが小倉の名物として街の衆は勿論のこと、遠く在の方からわざわざ門司港橋を渡って買いに来たものでした。その長浜の美しい風情とこの風味豊かな饅頭は人々の心を大いに楽しませました。

 この饅頭の秘伝を店主はその義父より受け継ぎ、長年かかって製品の研究を重ね、特殊な技術と独特な工夫を凝らしました。元来饅頭は中国は元代の人林浄因によって西暦一三四一年に日本にもたらされたもので、これを基本に上質の米を微分粉にし、最上の山芋をふんだんにこね入れたいわゆる薯蕷饅頭としての質を高め、さらに食べやすいように小ぶりにしたものがこの小菊饅頭です。

 その白砂青松の小倉の海岸をしのび、遠く歴史に思いを馳せながらこの風味豊かな小倉名物小菊饅頭をどうぞお楽しみくださいませ。

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